2017-03-11 22:19 | カテゴリ:震災の記憶
今日で震災から6年の月日が経ちました。
なんというか、月日が経つのは早いものです。
光陰矢のごとしですね。

しかし、まだたった6年にしかならないのかという感覚をお持ちの方もおられましょう。
肉親を、知人を失われた方の無念さ、やるせなさは何年経っても癒やされるということはありますまい。
感じ方は人それぞれに違うと思いますが、いずれ6年という月日が経ちました。
6年前の今日、つい数時間・数秒前まで生きてそこにいた人間が、あっという間に亡くなりました。
それだけは確かなことです。
しかし、私やその他多くの人々は今ここに生きておる…死んだ人と生き延びた人。
その生死を分けた差は一体何なんだろうか。
人間の、生物の命って一体何なのだろうか。
そんなことを考えざるを得ません。
こうしてみると、命って本当に不思議なものですね。

亡くなった人のことを思い出し、記憶の中で生かし続けることができるのは、あらゆる生物の中で人間だけといいます。
そして、死者の冥福を祈ることができるのも、また人間だけといいます。

回想しましょう。
犠牲になられた方々を、以前の美しかった故郷の情景を、豊かだった個人の生活を。
それが死者の冥福を祈ることにも繋がるのです。
思い出すたびに辛い、思い出したくない、という方もおられましょうが、せめて今日だけは辛い記憶の中に浸りましょう。
2011年3月11日を忘れずにおりましょう。

震災で亡くなられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。




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2016-03-11 16:45 | カテゴリ:震災の記憶
東北各県に甚大な被害を齎した東日本大震災から今日でまる5年です。
正直5年も経ったような気がしません。
あの時の情景が昨日のことのように、生々しく思い出されます。

震災については自分も軽微ながら被災した身でもあり、色々と書きたいことが山のようにありますが、あえて書かずにおきます。
物言えば唇寒しで、書いたところでどうにもなりません。
ただ今は、あの震災でお亡くなりになられた方のご冥福を静かにお祈りしたいと思います。


2015-05-13 06:51 | カテゴリ:震災の記憶
6:13頃震度5弱の地震発生。
いつもの地震と違い、揺れが横揺れで急激に強くなる。
盛岡は震度4とのことだが、明らかにいつもの揺れではない。
盛岡…少なくとも私が住んでいる地域では震度5くらいあったように思う。
驚いて寝床より飛び起きたが、幸い物が落ちたり壊れたりすることはなかった。
電気水道等ライフラインにも影響なし。
急いでラジオを点けるも調子悪く、雑音多く聞き取れない。
アンテナ欠損の所為か?とにかく調子が悪く、ほぼ使い物にならなかった。

(備忘)要電池確認のこと。ラジオの購入も含め対策を考えること。

民放各社のテレビ局はほぼ宛てにならず、真面目に(?)震災情報を放送していたのはフジテレビのみ、よそは全てテロップで済ませているか、短い間だけの速報扱いだった。
どうやら東京が被災しない限り、テレビ局はまじめに放送する気はないらしい(=_=;)。
非常に忌々しい話だが、こういう時にはNHKが役に立つ(^^;)。
それによれば津波の心配はないようだ。
まずはそれが幸いだった。
やはり地震は怖い。

本日は朝から曇天。
どうもあまり良くない一日になりそうな予感。

2014-03-11 22:02 | カテゴリ:震災の記憶
3年前の本日、あの大震災がおきました。
震災で亡くなられた方々の心からご冥福をお祈りいたします。

普段は「めんどくさいことは書かない」「なるべく人が読んで不愉快なことは書かない」ことを念頭に置いてこのブログを書いてますが、今日は思ったことを書きます。



思い出したくないほどの悲惨な出来事、でも思いださねばならない出来事が、3年前の今日に起こりました。。
あの日を思い、亡くなられた方々のことを思うと今でも胸が痛くなります。
自分がここに生きて、普通に生活していることが、なんだか申し訳ないような気持ちになります。
BADと言う自分が、無念のうちに亡くなられた人々の分まで精一杯、彼らに恥じない生き方をしているのか?といえば、いや、しているとは到底言えない。
そしていまだに苦しんでいる被災者の方々が、復興もままならぬ被災地に大勢いる。
それを思えば、自分はここにこうして生きていていいのか?
暖かい場所にいて、おいしいご飯を食べ、ネットをし、風呂に入って、布団で寝て…果たしてそれでいいのだろうか?
だからといって山伏のように山中にこもり、苦行荒行を積んでみたところで、なくなった人々は果たして浮かばれるのか?
いや、決してそうではないだろう…。
だったらどうすればいいのか?なくなった人々の冥福を祈ることは当然として、それ以外に(それ以上に?)生き残った者たちがするべきことは一体何なんだ?
そんなクエスチョンが。3/11が近くなり、当日を迎えるこの頃になると頭の中をグルグルと回るのです。
分からない、わからない、ワカラナイ…。

テレビをつければ、タレントやニュースキャスターと称する人たちが、神妙な顔で「絆」「被災者の目線で」「あの日を忘れるな」などと荒れ果てた被災地をバックに話しているが、笑わせないでくれ。
まったくちゃんちゃらおかしいことだ。
この人達が「報道」というものを盾にして、震災当時被災地でどれだけの蛮行を繰り返したのか、被災者ならば誰一人知らないものはいないはずです。
特にフジテレビの取材が酷かったという話は聞いている。どの面下げて美辞麗句を積み重ねるのか、そこに興味はあるが、それ以外に興味はない。虫酸が走る。
とりあえずテレビってものは、事実をただ淡々と流すだけでいい。
その情報に脚色をくわえてはいけない。キャスターの主観を入れてはいけない。ましてやコメンテーターとか称する人たちの思想を入れてはいけないと思います。
日本のテレビはもっと「オトナ」になるべきではないかと、本日各局で放送されていた報道番組を見ていて思うのです。

被災者にも反省するべき点は多々あろうと思います。僕も含めて。
被災地の人々の心も、すでに一枚岩ではないと聞きます。
もっとおおらかな、そして未来を向いた視点でこれからの被災地の復興と発展事業にあたっていかなければいけないでしょう。
過去にしがみついていたら、子や孫に残せるものは限りなく少なくなる。
思い返すのは重要だけれど、考え方は常に先を目指した復興事業を進め、斬新なアイデアも取り入れていかないと。

などと書きましたが、これは所詮一個人の考え方と心境。
しかも被災者とはいえ内陸だから、実際破壊的な被害に遭われた沿岸部の方々に比べればそれこそテレビキャスターのような戯言、綺麗事にすぎないかもしれません。
でもせめて今日だけは色々なことに思いを馳せ、亡くなった方のご冥福を祈らなければならぬと思っています。



2014-01-13 00:05 | カテゴリ:震災の記憶
今日…というかもう昨日になるのでしょうか、某局のニュースを見ていますと、福島の沿岸被災地から会津若松に疎開している村の若者たちの成人式の様子が映りました。

彼らはみな、どこから見ても今どきの若者たちで、その中にはずいぶん派手な着物でケバケバしい化粧をした、ひと目で「ギャル系」とわかる女の子の姿もありましたが、みな神妙な顔つきで首長の話に聞き入り、騒いだり喚いたいたりする人は一人もいないように見えました。
彼らの中には涙を流している人もいて、きっと被災した当時のことを思い出しているんじゃないかと思いました。
テレビで写った範囲内ですから、その前後が一体どういうものであったかはわかりませんが、それでもきっと、彼らは粛々と式を終えたのではないかと思っています。

成人式といえば、どこぞの成人式において、酒を飲む、喚く、喧嘩する、挙句の果てには警官ともみ合いになるなど馬鹿騒ぎする連中ばかりがクロースアップされがちですけれど、今どきの若者にだってこういう神妙な子もいるのですよね。
この被災地の子らはきっと、震災で家族や友人、あるいは財産などを失い、おまけに放射能なんてもので故郷を捨てざるを得ず、この約3年の間とても辛い思いをしてきた子たちではないかと思うのです。
そんなつらい思い出が今日の成人式に際して思い出され、感極まって涙という形で現れたのではないかなと思います。

おっさんは思います、心から。
立派で名を成すような大人にはならないでもいい。
日本を、東北を背負って立ってくれとも言わない。
ただ、亡くなった家族や友人、被災地の人たちの分まで精一杯生きて欲しい。
そして、他人の心の痛みがわかる大人になって欲しいと祈ります、

頑張れ、新成人!