2016-03-25 19:18 | カテゴリ:本の紹介
先日Amazonで購入したこの古本を、今読んでいるところです。

hon.jpg

*藤沢美雄 「岩手の妖怪物語」(トリョーコム)
元々僕は妖怪好きですので(水木しげる画伯の影響です)、郷土資料的な意味で購入してみたのですが、内容はまったくの肩すかしでした。
色々な短い挿話がまとめられているのですが、一応岩手各地の地名が出てくるためそこで起こったお話という体裁をとってはいるのでしょうが、出典の明記がまったくないため、作者の創作にしか思えません。
かなりがっかりしました。

*キース・ローマー 「突撃!かぶと虫部隊」(ハヤカワ文庫)
軽快なストーリーテラーとして名前の知られるキース・ローマーのSF古典とも言える作品です。
昆虫の星に地球の領事として赴任した地球人が、自由と平和のために良い昆虫軍団を率いて、圧政を布こうとする悪い昆虫軍団に立ち向かうという感じの物語で、これはまだ読みかけなんですけどなかなか面白いです。
昆虫軍団が、かぶと虫なのですが身体が鉄で出来ていて、脚も車輪になっているとか、そこに色々なアクセサリーを付けるのがおしゃれだとか、設定が実にユニークです。
ちょっと「ダンバイン」のオーラバトラーを彷彿とさせる部分もあります。
今のSFは読んだことがないのでわからないのですが、昔のSFには良作がたくさんありましたね。



スポンサーサイト
2016-03-09 23:58 | カテゴリ:本の紹介
風邪で臥せっている間に、病床でハワードの「黒の碑」を読みました。



「蛮勇コナン」などの小説で有名な20世紀初頭の作家ロバート・E・ハワードが書いた作品です。
ハワードはほぼ同世代の小説家ラヴクラフトと親交があり、その関係からかクトゥルフ神話に類した怪奇短編や詩をを何作か書いていますが、この本はそれらを集めて収録した全13篇からなる短編集です。

感想の方ですが、Amazonのレビューには好意的なものが載せられておりますけれども、僕としてははっきり言って期待したほどではなかったというのが正直なところです。
もちろんハワードは実力のない作家などでは断じてないので(だとしたらコナンやキング・カルなどは現在まで生き残っていないでしょう)、つまらないということはないのですが、それでも面白いというわけでもない。
本当に微妙なのです。
思うに、ハワードはクトゥルフ系の怪奇小説には向かない作家だったのではないでしょうか。
文章は不慣れなクトゥルフ神話をラヴクラフトに倣おうとしてか、躊躇しつつ手探りで書き進めているかのような感があり、コナンに見られたようなのびのびとして、自由な筆勢がどうも感じられないのです。
物語も、事件が何の解決もなく主人公の自決や闇への逃避などで終わるラヴクラフトの陰鬱としたものとは異なり、人間が自力で解決してしまったりして(しかも意外にサラッと)、ラヴクラフトが描こうとした
「人間の力では及びの付かない、また人間の思考ではまったく理解できない宇宙的恐怖」
を描き出すには至っていません。

巻末の解説などには、表題作の「黒の碑」を最高峰だなどと褒めそやしていましたが、僕にはラヴクラフトの「クトゥルフの呼び声」の焼き直しにしか思えず、大いに興ざめでした。
ただ、それではこの本に収められているのはすべからくダメなものかといえば、そうではありません。
古代の戦士が巨大な蛆のような怪物に立ち向かう「妖蛆の谷」や、なんとあのコナンが登場する「闇の種族」などには、ハワードの持ち味である勇壮かつ豪快な筆致を垣間見ることが出来、筆者もノリにノッて書いていることが伺われます。
これらは単に冒険ファンタジー小説として面白い作品です。
また幽霊屋敷の怪を描く「獣の影」や、年を取らない不思議な老人に纏わる「老ガーフィールドの心臓」、スティーブン・キングが「20世紀最高の怪奇短編」と評した「鳩は地獄から来る」などは、普通に怪奇小説の古典として楽しめる出来になっています。

ただ、すべての作品について言えるのは、「クトゥルフ神話」としての出来の良し悪しこそあれども、決してつまらない小説というわけではないということです。
「クトゥルフ神話譚」と思って読むから違和感を感じるのであり、普通に「怪奇小説」だと思って読めばそうでもないということですね。
訳文のマズさもあっておそらく好き嫌いがはっきりと別れるため、クトゥルフファンにはちょっとおすすめはしかねますが、コナンのファンやハワードのファン、怪奇小説愛好家の方は抑えておいて間違いない一冊ではあるような気がします。

2015-07-28 23:10 | カテゴリ:本の紹介
やあどうも、少し更新サボってしまって申し訳ない。
このところ暑さがいや増しに増したせいか身体を壊し、寝ておりました。
病院へ行ったら、持病のこともあって胃腸が弱ってるとかいわれて、整腸剤とか沢山出されてしまいました。
暑いから熱中症がと言って水をたくさん飲んだりするともともと丈夫じゃない胃腸がやられる、でも飲まないとどうにも…という悪循環。
7月でこれですから、暑さ本番の8月9月になったらどうなってしまうのでしょうか。
なんとも困ったものです。

さて具合悪くて寝てる間に、小松重男の「迷走大将 上杉謙信」という小説を読みました。



上杉謙信といえば、戦国武将の中では織田信長や武田信玄など有名どころの武将と並んで、非常に人気が高い人です。
そして戦争が上手で、局地戦ならほぼ負け知らずだったという戦術家として大いに優れた軍人でもあり、今は歴史好きの人たちの間では「軍神」などともてはやされている人ですが、実際はどうだったんでしょうか。
この小説では、そうした半ば伝説化された名将に描かれていないのが面白いところです。

現代に伝わっている謙信の資料をお医者さんに見せると、声を揃えて「糖尿病、高血圧、アル中、躁鬱症、統合失調症」などのたくさんの持病持ちだったのではないか、という応えが返ってくるそうです。
上杉謙信、病気のデパートですね(^^;)。
確かにこの人の一代記を色々読んでいると、その分析にいちいちうなずける部分が多く、同じような病気を持っているおっさんとしては(^^;)謙信も大変だったんだなぁと妙に同情してしまいますねw
この小説はその診断に基づいて「名将」ではない「人間」としての謙信像が描かれています。
最初のうちは、タイトルに有る「迷走大将」の欠片もないほどの謙信ですが、歳を重ねるに従って、元々の几帳面で臆病な性格と「戦国に生きる地方領主」という生活環境に葛藤を覚えるようになり、その救いを仏教へ求めるようになっていってさらに面倒なことになっていき、20の半ばを過ぎた辺りから「迷走」が始まります。
死の間際はまさしくタイトルにふさわしいボンクラぶりで、しかもトイレでうんこしている間に卒中で急死というなんともトホホな「迷走大将」ぶりを見せてくれます。

しかし、それが読んでいて嫌味ではない。
謙信を貶めようとして描かれていない、逆に彼に対する深い愛情が伝わってくるのです。
もちろん謙信ファンの中には、なんだこれはと激怒する人もいるかもしれませんが、謙信という人間の人となり、その性格の成り立ちなどをいちいち丁寧に綴っていくため、同情こそすれ嫌悪感を感じないのです。
こいつホントにどうしようもない奴だなあとか思いながらも、憎めない、嫌いになれない人間っているじゃないですか。
ああいうう風に謙信が見えてきて、軍神という高い地位に祭り上げられちゃった上杉謙信をもう一度人間として我々の傍に連れてきてくれるんですね。
これは作者の、肩肘張らずに簡体な、そしてどこか皮肉とユーモアを効かせた洒脱な文体に依る部分も大きいと思いますが、読み終えてそういう気になりました。
戦国時代とか、上杉謙信が好きで、最近人気のあるかっこいい軍神よりも、愛すべきダメ人間・上杉謙信を知りたいという方にはぜひおすすめします。



2015-06-09 23:59 | カテゴリ:本の紹介
最近、先日もご紹介した歴史考証家の笹間良彦さんの著作「日本未確認生物辞典」という本を購入した。




タイトルに「未確認生物」とあるので、てっきり未確認生物=UMAの本だと購入する前は思い込んでいたのだが、手元に届いて読んでみたら、驚いた。

未確認動物の本じゃなくて、妖怪の本だった(^^;)。

いや、表紙が天狗と剣術の稽古をする牛若丸の浮世絵だから、なんとなく普通のUMA本じゃないんだろうなぁ、と薄々思ってはいたのだが、まさか単なる「妖怪辞典」だとは思いもよらなかったw
しかも帯に水木しげる画伯の推薦文まで載ってるんですよねw
実吉達郎先生の著作のような真剣な(?)UMA本だと思えば確実に肩透かしを食うことは間違いない本なのだ。
世のUMAファンにとってはがっかりすること必至。

しかし、それではこの本が面白く無いのかといえば、実はそうでもない。
天狗、鬼、河童など、「実在する」と昔の人々が感じていた妖怪を系統立てて紹介し、日本や中国の古文書からの引用や(ちゃんと現代語に訳してくれているので助かる)、浮世絵などの図版を乗せ、少々堅苦しくはあるが興味を持てる内容にしあげてある。
ただ研究本というよりはタイトル通りの「辞典」に近く、妖怪はあくまでも紹介程度に留め、それらに関する現代的あるいは民俗的な考察等はほとんど記されていない。
もっとも、辞典とか言う割には、掲載順があいうえお順になってないのでw、本物の辞典としてはつかえないのだが…。
まあそれはさておき、だからと言って水木しげる画伯の「妖怪なんでも入門」などのようにちょろっとした紹介とイラストを見せておしまいです、という感じではなく(いや、アレはアレで初心者の入門用には良く出来ているのですが)、ちゃんと掘り下げた紹介になっているので、その辺りが妖怪好きにはまた嬉しく興味深い部分だろう。

個人的な話をすれば、、今まで天狗に女性はいないのだろうかとか思ったことがある。
鬼や河童などに女性はいるのだが、天狗では聞いたこともない。
天狗のイメージは修験者や山伏から来ているので、生理がある女性は山に入ることが出来なかったから、女天狗というものはおそらくいないのだろうと思い込んでいた。
実際にそれを示すような資料にお目にかかったことはなかった。
まあ某格闘ゲームにすこぶる美人の女天狗が出ているのを知り、ははぁこういうアレンジもなるのか、でもこれ女天狗じゃなくてただ背中に羽はやした大女だろ、リアリティがいまいちだよなぁ、実際の女の天狗はどんなもんなんだろう?とか思って、個人的に大きな謎だったのだが、古文献には女の天狗について記されてあるものもあるようで、この本にはそれがしっかりと「女天狗」という項目において紹介されていた。
妖怪好きでは人後に落ちないつもりだったんだが、新鮮な驚きを感じた。
読み進めていくうちに、そういう新しい発見があって、少し深い興味をもつ妖怪好きには読むのが楽しい本ではないだろうかと思います。
古本なら安く買えるのでお勧めです。

2015-05-25 23:14 | カテゴリ:本の紹介
最近こういう分を購入した…古本でだけど。

「妖たちの時代劇」


これを書いたのは、笹間良彦さんという方で、甲冑や武器研究の第一人者でいらした方。
すでに故人だが、この方が書かれた「日本甲冑武具辞典」は、甲冑愛好家や鑑定士を目指す人間、あるいは甲冑を扱う古物商にとっては必携必読の書といえる。
電話帳並みの厚さで製本は上等、それだけに非常に高価な本だが、今日まで何度も版を重ねたベストセラーだ。
僕はこの本を高校生の頃、1万円という大枚をはたいて購入し、読みふけった記憶がある。
ちなみに、こうした本の挿絵を描かれておられるのも、笹間氏ご本人というから驚きだ。
画才も文才も巧みでいらっしゃる、スゴい方であられた。

ただ笹間氏はとてもユニークな趣味をお持ちで、甲冑の研究だけに分野をとどめず、未確認動物、妖怪変化、武道、神道仏道、江戸時代の生活に関する時代考証etc、実に様々な分野に関する研究本を書かれていた。
僕もこの方の本をこれまで結構読ませてもらっていたのだが、今回入手した本も、そうした研究本のひとつだと思っていた。
「妖たちの時代劇」なんていうタイトルなので、多分時代劇に出てくる妖怪の研究本かなと思っていた。
岩見重太郎の狒々退治とか、俵藤太秀郷のムカデ退治、源頼光の酒天童子討伐など、昔ばなしにはヒーローと妖怪の対決はつきものだし、そういったものに範を取る時代劇映画なんかも昔たくさん作られている。
そうした映画やテレビ時代劇の研究本かエッセイ本だろうと思い込んでいたのだった。

トコロが購入して読み始めてみたら、なんか様子が変…これはどうなってるんだ?
実は短編小説集だったのだ(^^;)。

どうやら笹間氏は、趣味として30年間に渡り小説を密かに書き続けてきたらしい。
数年前逝去された後、その原稿が机の引き出しかなんかから大量に発見されたので、それをまとめて出版しました…というもののようだ。
しかも書かれていたのは時代小説、しかも怪奇譚というか、妖怪譚ばかり。
笹間氏はこれを100話書き貯めて、百物語として出版したかったようだ。
それは叶わず志半ばで物故されたわけだが、50話ほどは書き終えていたらしく、この本に収められた20話ほどの小説は、生前氏と付き合いの深かった編集者が、その中空選り抜いたものらしい。
時代考証かというのは、有り体に言えばテレビや映画の時代劇等に登場する有職故実や文化風俗に、関してここが違うあそこはおかしいと、間違いを指摘して手直しをさせるのが仕事なわけだが、誤解を恐れずに言うなら「重箱の隅をつつく」のが仕事の人が書いた小説って、どんなものなのだろう。
その辺りにいささか興味が湧いて出て読み進めてみた。

で、その感想なんだが…。

淡白すぎてつまらない、というのが本音。

いや、さすがに時代考証家なのでその辺りの描写はきっちりしている。
この小説は基本的に短篇集なので、これという時代が定まっていない。
平安時代から江戸時代まで幅広い時代の物語が納められている。
その時代時代の風俗とか、しきたりとか、政治制度とか、そういうものに関する説明描写はやたら詳細だw
さすが考証家の面目躍如だ。
まあ時々ポカもある。
山窩が出てくる話があるんだが、その中の山窩の描写はデタラメだ。
おそらく、山窩研究科として有名な三角寛の作品を参考にしているのだろうが、現在ではあの研究のすべてが三角の捏造ということは広く知られている。
それをそのまま書いてしまっている時点でアララとなってしまうわけだが、まあ笹間氏がこの短編を書かれた時期がわからない以上、その辺りはしかたのないところだろう。
それ以外はほぼ完璧と言ってもいいのではないかと思う。

…だけれども、文体も含めて物語展開はやたら淡白だ。
なんか、交渉説明の合間に話が淡々と進んでいく感じなのだ。
なんかラストでオチを描いた部分でも、まったく余韻がない。
「誰それはなにそれで死んだ」
とか書かれているだけなのだw
もうちょっと、こう…装飾文が入っていてもいいような気がするんだけどもw
いや、アイデアは練ってあるし、キャラクターの心理描写なんかもしっかりあるので、つまらないわけではない。
けれども、どうにもあっさりしすぎた印象なのだ。
デタラメはない代わりに、司馬遼太郎の理屈っぽいが手に汗握るドラマティックさも、池波正太郎の江戸前の粋や胸がすくようなカタルシスも、山本周五郎のホロリと来させるけれども暖かい人情も、ないのだ。
現代人が時代小説を好んで読むのはどうしてだろう。
それは、そこのその次代を生きていた人々の息吹とか感情とか生活感を感じたいと思うから、そして一握りのファンタジーを感じたいからではなかろうか。
そのいみで、この本に収められている小説は、時代小説として非常に微妙だといわねばならない。
工夫をこらした形容詞がなく、やたらさっぱり書かれているのもそれに影響しているのかもしれない。
妖怪というよりも、人間が妄念や激情によって妖怪化するという内容の話が多いのだが、その折角の妖怪も、淡白な形容詞の前ではなんか色の薄い透明人間みたいな印象しかない。
その辺りが非常に残念な気がした。

ただ何度も言うけれども、笹間氏は小説家ではなく、時代考証家で、しかもこの小説はあくまでも趣味として書かれていたものだ。
だから酷評するのは忍びないし、したところで的外れだし、気の毒な気はする。
まあ考証家の小説はこんなものなのだろうと思って読んでいれば、それなりに楽しめるのも確かな気がする。
決してつまらなくはないのですから。
その点を考慮すれば星3つくらいが妥当なのではないだろうか。

しかしそんなことを書いた一方で、「笹間百物語」の完成を見てみたかったという気もしないでもないのでした。
ちなみにこの小説の挿絵もご本人が描かれています。