2013-12-15 21:51 | カテゴリ:雑記その他
大河ドラマ「八重の桜」が今日で終わったようです。

DASH村見てたので見ませんでしたが。

まあ、このドラマについてあえて言及は避けますがw、このドラマを放送することによって風評被害で苦しんでいた会津に観光客が僅かなりとも戻ってきたという話を聞きますから、良いことだったのだろうと思います。

…そこで会津に関して色々と思うところを書こうかなとも思いましたが、なんだか書くことによって不愉快に思う人もいそうな内容になりそうなので、やめておきます。
やっぱり幕末を語るのは、こういうブログでは鬼門ですから(^^;)。

ただ一言書いて置かねばならぬことは、会津は実にいいところだということです。
会津の方々には風評被害なんかに負けず、頑張って欲しいです。

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2013-12-15 01:17 | カテゴリ:オレの怪獣図鑑
物語の舞台について疑問を持たれた方もおられるようなので、今回は大怪獣決戦の地「坂の下町(坂之下市)」について記しましょう。
ここに記してある知名はほとんどが架空のものですので、予めご了承下さい。

*坂の下町(さかのしたまち)

新宿からJRの電車(架空の路線「坂之下線」)で1時間くらい行ったところにある街です。
東京のベッドタウンとして栄えており、人口は40万人弱。
現在では隣町の「羽壷町(はねつぼちょう)」と合併して町政から市政へと移行し、「坂之下市」になっています。
ただし、この図鑑の怪獣たちが暴れまわるのはだいたい昭和40年代をイメージしているので、まだ「坂の下町」のままです。

江戸時代は小大名・夜刻氏が治めた武州夜刻藩2万5千石の城下町として栄えました。
関東大震災での火災や太平洋戦争においての爆撃を免れたため、現在でも城郭など古い歴史を感じさせる建物が多く残っており、埼玉県の川越市と並ぶ「関東の小京都」と呼ばれ、観光地として賑わっています。
イメージのモデルは埼玉県の川越+岡山県の高梁です。

街は山と利根川の支流に挟まれた広い平野部に作られています。
江戸時代の市街地や城郭は山寄りですが、現在の市街地はそこから少し離れたやや川寄の場所に形成されています。
これは、明治時代の中頃に引かれた鉄道が、元城下を少し離れた場所に作られたためです。
市内は大きく分けて3つのエリアに区切られます。
1つ目は新市街地、2つ目は歴史景観地区、3つ目は旧羽壺町区です。
市内には新宿方面から「はねつぼ」、「もとさかのした」、「さかのした(終点)」という3つの駅がありますが、順に旧羽壺町区、歴史景観地区、新市街区に対応しており、それぞれの玄関口として賑わいます。

新市街地は街の経済活動の中心となるエリアで、駅前周辺に商業区、そこからやや離れた場所に市役所などを置く政経エリア、その周囲を取り巻くようにして住宅街が広がっています。
近代的な建物が多く、駅も商業施設が併設されたかなり大きなものになっています。
歴史景観地区は元城下町で、城郭や武家屋敷、町人町などの古い建築物や街並み、あるいは自然や田畑などが数多く残されており、観光の中心です。
旧羽壺町区は元々は独立した街だったところで、数年前に坂の下町と合併しました。したがって坂の下町より規模は小さいものの、それなりの生活機能を備えた街になっています。

…坂の下町については大体以上のような街ですが、ここは色々と僕の創作物の舞台になることが多い場所です。
それなりのお話もいくつか作っているので、そのうちなにかサイトの方にアップしてみようかなと思っています。