2016-10-28 13:59 | カテゴリ:歴史
奥南落穂集(意訳)3 
遠野家の次第

 藤原秀郷の九代目の子孫・足利七郎有綱の二男に、下野国の住人で阿曾沼民部丞広綱という人がいた。源頼朝に仕えて軍功があり、武州一帯の地頭職に任ぜられ武蔵国に住んでいた。
 頼朝の奥州征伐に従軍して戦功を挙げ、陸中国の閉伊郡十二郷を加増として与えられた。
 この広綱は二男の阿曾沼次郎朝綱に閉伊郡十二郷を譲渡し、朝綱の次男・阿曾沼又次郎広親が閉伊郡に下り、遠野の護摩堂城に住まいした。
 以来遠野氏を称して、五代目の子孫・阿曾沼下野太郎朝兼は南朝方の北畠顕家に従軍して戦った。その息子・下総守綱朝は足利将軍家へ降参し、その後、応永(1394~1427)の頃に閉伊で一揆が起こったが、これを自力で鎮圧できず、三戸の南部守行に降ってその旗下に入った。
 永享(1429~1441)の頃になって一揆を鎮圧し、七代目の子孫・遠野下野守広影は新たに横田城を居城としてそこへ移った。その息子・遠野刑部少輔広郷は、始め孫次郎と言い、天正三年(1575)三月に亡くなった。

 その息子は孫三郎広長といった。天正七年(1579)織田信長に使者を出して鷹を献じたほか、陸中国和賀郡の領主・和賀氏とは非常に親しい付き合いをしていた。天正十八年(1590)、小田原の陣で豊臣秀吉に参礼し本領を安堵されたが、秀吉は遠野家をそのまま南部家の従属勢力とした。
 南部家は遠野家と和賀家とが親しくしていることを不愉快に感じており、いずれ遠野氏を滅ぼす計画を立てていたため、遠野氏の一族や家臣に目をかけ厚遇した。

 慶長五年(1600)会津で西軍方の上杉氏が兵を挙げると、徳川家康の命令を受けた南部利直は、東軍方の最上義光を加勢するために軍勢を率いて会津へ出陣したが、この軍には孫三郎広長も加わっていた。
 しかしこの隙を突いて、秀吉の小田原の陣へ参礼せず改易された和賀一族が国元で一揆を起こしたため、利直は急遽帰国することになった。孫三郎広長は後に残るように命じられ、戦争が終わって軍が解散されてから帰国した。
 ところが、広長の留守中に一族の鱒沢左馬助広勝と上野右近広則、家臣では平清水駿河師任、駒木豊前広常らが反逆を企てて南部氏に内応を約束し、主君の孫三郎を国境で防戦して領内へ入れなかった。
 広長はひとまず妻の実家である気仙の世田米修理の所へ落ち行き、そこへ寄寓しながら度々兵を起こし逆臣と戦ったが勝つことができなかったため、伊達政宗に加勢を依頼した。
 これによって篠木丹波守、横田主計助、著水丹後、世田米修理、浜田喜六などが出陣し、慶長六年(1601)平田において大合戦となった。
 遠野軍は逆臣・鱒沢広勝を討ち取って気勢を上げたが、そこへ南部家の加勢が到着し敵軍へ加わった。これにより形成が変わり、遠野方は利を失って伊達方の浜田喜六、一族の阿曾沼又次郎秀幹、西風舘孫四郎、家臣の畠中藤七、金沢臼太郎等が討死した。その後は争うことを諦めて政宗の家来となり、その息子は阿曾沼権十郎広房という一族も(これ以下は文章が欠けている)

阿曾沼四郎広縄      (広郷の二男で、和賀一揆に加勢した)
阿曾沼主計広重
阿曾沼民部少輔秀範
阿曾沼民部少輔秀範 
阿曾沼常陸入道了哲    (赤羽城に居住して阿部氏を唱える)
阿曾沼又五郎        (民部の二男)
附馬牛中務入道玄浄    (附馬牛村の火渡城主。慶長五年{1600}鱒沢広勝らの反逆に際しては自城に籠城し抵抗したが、戦いに利あらず城に火をかけて自刃し、主家に殉じた)
附馬牛内蔵助       (利直に仕えて三百石を受け、山口新助と名を改めた。玄浄の子)
山口金右衛門       (内蔵助の子)
西風舘大学廣敏      (西風舘主で忠義の人。逆臣に説諭されたがこれを断る。兵を挙げて立ち向かうも戦に破れ、討死した)
大槌孫八郎広紹      (大槌城主で武勇の人。逆臣と戦うが、戦に敗れて気仙に逃れた。後、利直に仕えて五百石。故あって花巻城において暗殺され、所領は没収となった)
大槌久右衛門広重     (孫八郎の弟。鵜住居村に住んだ。利直に仕えて八十石)
大槌久八郎         (久右衛門の子。浪人)
菊池半太夫
菊池半左衛門武長     (利直に仕える)
細越与三兵衛敏広
細越与三郎敏継      (敏広の子。浪人)
細越長十郎備材      (敏広の二男。利直に仕える)
菊池治部助時成
畠中五郎八         (本姓は菊池という)
畠中藤七
平原備後吉武        (本姓は菊池という)
平原助左衛門吉成     (吉武の子。利直に仕えて三十五石)
菊池与十郎
内城四郎左衛門吉昭    (本姓は菊池という)
内城治兵衛吉輝      (四郎左衛門の子。利直に仕えて五十石)
内城治兵衛吉正      (吉輝の子。十五駄二人扶持)
宮杜主水祐武       (本姓は菊池という。文禄三年{1594}信利に仕えて五百石。のち家禄没収)
鬼柳十郎兵衛祐光     (宮杜主水の子。浪人。鬼柳村に住み、のち五十石)
宇夫方掃部
宇夫方八郎右衛門
宇夫方多兵衛
十二ケ村弾正
十二ケ村帯力益種
平倉長門守盛清
平倉平兵衛
平清水刑部入道禅門    (旧臣。息子の駿河師任が鱒沢広勝に一味して叛逆を企てたので、禅門は子を諭すも聞き入れられず、主家に殉じた)
平清水出雲        (禅門の子。父と同じく忠義の人。浪人)
新谷新右衛門       (出雲の子。浪人)
菊池帯刀         (新右衛門の子)
新谷庄作         (出雲の二男。利直に仕える)
新谷六兵衛        (出雲の三男。利直に仕える)
新谷六右衛門       (六兵衛の子)
熊谷安右衛門       (忠義の人)
小友刑部
小友喜左衛門       (利直に仕える)
松崎監物         (忠義の人)
大沢寺浄玄房
白岩左衛門
興光寺靭負        (忠義の人)
浅沼忠次郎        (利直に仕える)
浅沼藤次郎        (利直に仕える)
金沢臼太郎        (平田の合戦で討死した)
浅沼清左衛門       (利直に仕える)
栃内勾当慶都       (江刺氏の支族。天正十八年{1590}江刺氏没落のときに遠野へ来て身を潜めた。広郷はこれを憐み扶持を与えた)
栃内小左衛門廣重     (慶都の子。利直に仕えて百石)
栃内善兵衛        (和賀一揆に加わった)
栃内善右衛門
高屋左近則政       (かつて江刺氏に仕えた。天正十八{1590}年遠野へ来て、文禄三年{1596}に亡くなった)
高屋四郎左衛門恒延    (左近の子。利直に仕えて五十石)
高屋三弥恒宣       (恒延の子)
高屋才六則之       (左近の弟。利直に仕える)
高屋八右衛門恒方     (才六の弟)
高屋才四郎則房      (八右衛門の弟)
下川原玄蕃恒忠      (柏山氏の旧臣。天正十八年{1590}遠野へ来る。政直に仕える)
下川原利左衛門恒長    (玄蕃の子)
及川民蔵恒明       (玄蕃の子)
月舘右京         (九戸の残党)
新田平作         (九戸の残党)

<遠野の逆臣と徒党を成した人物>

鱒沢左馬助広勝      (広影の弟より三代目の子孫。一族。主家・広長に叛いた張本人である。主君を領地から追出した後、度々合戦するが、その度に南部利直の加勢を得て勝利する。慶長六年{1601}平田の合戦で討死した)
鱒沢忠右衛門広光     (左馬助広勝の息子。利直に仕えて二千石。左馬助から改名した。驕奢放蕩のふるまいがあり、利直がこれを糾明しようとすると恐れをなして出奔した。放たれた追手に追い詰められて自刃し、家名は断絶した)
鱒沢千代松         (忠右衛門の子。上野右近に殺された)
鱒沢修理亮広純      (左馬助長男。夭卒した)
鱒沢造酒允村広      (左馬助の弟。天正末{1592}に亡くなる)
上野右近広則       (遠野一族の丹波守広吉の息子である。広長の家老を務めた。 鱒沢広勝に一味して主家に叛逆する。主君を追い出し、利直に仕えて二千石。遠野城代)
上野九右衛門広高     (右近の養子で実弟。元和七年{1622}に亡くなった)
上野久兵衛広易      (九右衛門の子、寛永三年{1627}京都において亡くなる。 家禄は没収された)
上野角右衛門弘房     (久兵衛の子。御徒として召し出される)
平清水駿河守師任     (平清水刑部入道の子。鱒沢に一味して叛逆し、主君を追出して利直に仕え千石。慶長十九年{1614}江戸勤番を務めた。北十左衛門の一件において責任を問われ家禄は没収、切腹させられた)
駒木豊前広道       (一味。利直に仕えて五百石)
駒木隼人広三       (豊前の子。三百五十石)
駒木六兵衛広安      (豊前の弟)
本宿老之丞家久      (気仙郡の鈴木氏の分流。遠野氏に仕えて本宿村を与えられ、姓を本宿と改めた。慶長六年{1601}に利直へ仕えて八百石。閉伊郡惣司を務めた)
本宿因幡家重       (家久の男。百五十石)
本宿弥次右衛門家治    (因幡の息子。八十石)
本宿半之丞家盈      (因幡の二男)
平倉新兵衛盛任      (一味。気仙で討死した)
平倉刑部          (はじめは新助といった)
平倉新八
末崎式部清茂
末崎清右衛門
大沢与左衛門秀久
板択平蔵
板択金三郎
大原新左衛門

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