2012-11-21 18:14 | カテゴリ:映画レビュー
今日は持病の検診で病院へ行って来ました。
ところが、先日の予約日に行けなかったので外来で行ったもんだから、今日は予約診療しかしませんと断られてしまった(^^;)。仕方ないので薬だけをまた山のように抱えて帰って来ましたが…なんだかなぁ。
病院にはやはりちゃんと予約検診日に行ったほうがいいようですね。当たり前ですけど。

さてそんな今日は久しぶりに行こうかと思います。
何をって、そう、「超時空映画館」。

(今日のお題)
「わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語 (1996年、日本)」



(あらすじ)
盛岡高等農林学校に通う農学生・宮沢賢治は、親友・保阪嘉内らと夢を語り合い、農村改革の理想に燃える。しかし現実は厳しく、父との対立や東京への出奔、宗教団体への入信、保坂との決裂、最愛の妹の死など数多く苦難が賢治を襲う。自費出版した自作の詩や小説の評価も芳しくはなかった。それでも賢治は小説を書くことを止めず、また農学者として理想の農村のために奔走するが、やがて病魔が賢治の体を蝕み始める。

(感想)
いい加減ここでもお馴染みになってきたでありましょう宮沢賢治の生涯を描く映画です。
前々回ここでご紹介した松竹の「宮澤賢治 その愛」と同じく、宮澤賢治生誕100周年記念事業の一つとして撮影されました。
制作会社は東映で、監督は平成ゴジラシリーズなどで有名な大森一樹、脚本は「地獄堂霊界通信」の那須真知子。
ちなみに、この映画にも賢治の実弟・宮沢清六が企画協力として関わっています。
出演は賢治を緒形直人、父親の政次郎を渡哲也(この役をやりたくてノーギャラで引き受けたとか)、賢治の親友・保阪嘉内を椎名桔平、同じく賢治の親友・藤原嘉藤治を袴田吉彦、賢治の妹・トシを水野真紀がそれぞれ演じています。その脇を固める人々も星由里子、原田龍二、森本レオなどかなり豪華な顔ぶれ。
ちなみに、この映画で監督の大森一樹は最優秀監督賞、緒形直人や渡哲也などが最優秀男優賞(それぞれ主演、助演)などを受賞しています。

この映画に先立って鑑賞した松竹の「宮澤賢治 その愛」(以下「その愛」と略)が酷かっただけに、こちらではどうなのかといささか不安にかられながら鑑賞しましたが、こちらの映画は内容にいささか難ありと思いながらも「映画」として普通に見られました。
「その愛」が宮沢賢治のエピソードを継ぎ接ぎしてまとめた映画であるのに対して、この映画はきちんと「映画」として、しかもそつなくまとめられています。
ただ、「その愛」のようなリアルタッチではなく、あくまでも「映画」として面白さを追求し、しかも賢治の想像の世界を表現するべく随所にアニメを使用したファンタジックな演出が入れられているため、好き嫌いはわかれるでしょう。
このあたりは、以前このブログでレビューした宮沢賢治の学習漫画に似ています。小学館版はあくまでも「学習漫画」としての体裁を崩さなかったものだったのに対して、集英社版はファンタジー色の濃い「漫画」として描かれていましたが、この二つの映画にも同じことが言えます。

内容は、賢治の生涯をいささかの脚色を入れつつも、史実にそって進められます。テンポもよく、111分という割と長い映画ですが、中だるみのようなものは特に感じませんでした。
ただ、いささかテンポが速すぎて「なんでいきなりこうなったんだ?」と思ってしまう説明不足気味の部分も見受けられました。
「その愛」では登場人物たちの台詞を借りて状況説明が入れられていましたが、この映画ではそれが殆ど無いので、賢治の生涯を全く知らない方にとっては、いささかわかりづらくなっています。
このあたりはもうちょっと工夫が必要だったかもしれません。

この映画のテーマには当然宮沢賢治の生涯を紹介するということとは別に、「父と子の相克と和解」があると思います。
そのため、父親に重鎮俳優・渡哲也を据え、事あるごとに賢治と対立させます。
「その愛」の仲代達矢扮する父親があまり声を荒げる事無く、どちらかと言えば静的・理性的な「厳しさ」を表現していたものとすれば、渡哲也の父親役は間違い無くその逆で、賢治を激しく叱咤する「かみなり親父」そのものです。
そして賢治の描かれ方もまた違います。「その愛」の賢治が奇矯な行動や受身の姿勢で父親の気を引き、すがって「何かをしてもらう」ような姿勢だったのに対して、こちらの賢治はよりアグレッシブで猛然と父親に食ってかかるかのごとく向かって行き、当然のように両者は衝突します。
「その愛」のレビューでも書きましたが、まあ本当の賢治と父の関係はそこまで激しいものではなく、「その愛」で描かれているような比較的ぬるいものであったかもしれませんが、視聴者が鑑賞して面白いのは間違い無く劇的なこちらの方でしょう。

こちらの父親はとにかく賢治という人間が(おそらく自分の息子であるからこそ)理解できず、「あいつは一体何を考えているのか、おれにはさっぱりわからん」とこぼし、賢治の作品を「こんな唐人の寝言みたいなものを」と言って嘲笑します。
しかしこの父親はやはり「いい人」で、口ではなんだかんだと言いながらも賢治を金銭面で助けたり、酔っ払った親戚が賢治の悪口を言えばかばったりするのです。
ある意味「理想の父親像」とでも言えるような存在ですね。
ラストで当然賢治は死んでしまうわけですが、その死を前にしてようやく二人は和解し、その後のシーンで父親が、賢治が遺した手帳の「雨ニモマケズ」を読んでボロっと落涙します。
いままでこの父親が賢治を理解せず、何かといえば怒鳴りつけて嘲笑する厳しく激しい側面しか観客に見せて来なかっただけにこのあたりが感動的になるわけです。そして父が見せた涙は、ようやく賢治を理解したということの証であったのでしょう。
このあたりの演出は中々上手ですね。
この映画のもう一人の主人公、それがこの父親ではなかったかと思います。

しかしここでこの映画最大の問題が。
実際の賢治は死の前日、隣で添い寝してくれた弟の清六に「おれの原稿は全部お前にやるから、どこかの出版社が出版したいといってきたらそうしてもいいから」と言います。
しかしこの映画で賢治は死を前にして父親に「その原稿は全て捨ててくださって結構です。それは全て、私の気の迷いでした」と言うのです!
つまり、この映画の賢治は最後の最後で作家を捨ててしまうのです。
史実の賢治が最後まで原稿に執着を見せていたのとは間逆であり、ものすごい違和感を抱きましたね。
監督はおそらく、賢治の生涯は挫折の連続であったが、彼自身はその中で少しずつ成長していき、最後の最後で立派な人間となって父と和解して死んでいった…という事を描きたかったのでしょうが、それと引換えに賢治は創作家を捨ててしまったのです。
これは、今現在も世界中で賢治の作品が読まれており、僕のようなファンも多数存在するというのに、賢治やファンに対していささか失礼な話ではないでしょうか。
いちいち怒ることではないでしょうし、まあ実際怒ってもいませんが、非常に強い違和感を抱いたことは確かです。
このあたり、もっと何とかならなかったのかなあ。

農学校時代の大親友で、後に決裂する保阪嘉内と、教師時代以降の親友・藤原嘉藤治との交流を丁寧に描いている辺りは好感を持ちました。
保坂は青春時代の賢治に最も大きな影響を与えた人物ですし、嘉藤治は賢治の遺した原稿を清六と一緒に整理して世に送り出した重要な人物でもありますから、賢治を語るならこの二人を抜きにしては語れないのです。
「その愛」では保坂も嘉藤治も全く脇役の扱いを出ませんでしたので、それと比較したら大きな違い(もちろんいい方向での)です。

また、賢治の「羅須地人会」での活動をちゃんと取り上げているところもいいと思います。
羅須地人会で賢治がどんな活動を行なっていたのかを知っている方は、意外に少ないのではないかと思いますので、そういうところをわかりやすく紹介したのは良かったと思います。「その愛」の方では、賢治がここでどんなことをしていたのかには殆ど触れられず、単に賢治が別荘に引っ込んで農民の真似事をしているだけのようにしか見えませんでした。

こうして見ると、「その愛」は宮沢賢治という人を、「中二病的な理想で自分と他人を振り回し、結局何も成し遂げることが出来なかっただけの奇矯な落伍者」のような扱いをしていたのに対し、この映画は賢治を「確かに挫折の連続だったが、素晴らしい作品を世に残し、最後は立派な人間として死んでいった偉大なる挫折者」のように描いているような気がしました。

俳優たちの演技はさすがに上手です。
緒形直人の賢治は明るく元気で親しみやすい、「その愛」のような暗く、いささかキチガイがかったイメージに描かれてはいません。
顔立ちもどことなく賢治を彷彿とさせる部分があり、役にはまっていたように思います。役作りをしているためだと思いますが、結核患者だった賢治らしく体つきを薄くしており(病院の検診シーンで見せる胸板が本当に病人のような薄さだった)、感心しました。この薄い、という表現は痩せているというのとはちょっとニュアンスが違います。
しかし、そこまでの努力をしているにもかかわらず、この賢治はあまりにも元気に見えすぎて、酷い違和感を覚えてしまいました。これはおそらく演出のほうの問題でしょう。死の床に着いているはずのラストでも賢治がやたら元気で、つい数秒前まで元気だった(ように見えた)のに、いきなりぱたっと死んじゃうw
正直、これはないだろとw 
なんでこういう演出にしたのか知りませんが、もう少し何とかならなかったものでしょうか。
このあたりのやり取りなどはエピソードの集大成である「その愛」のほうに軍配が上がりますね。

父親役の渡や、保坂役の椎名桔平、嘉藤治役の袴田吉彦もそれぞれ魅力あるキャラクターを演じています。とくに椎名桔平が良い。出番は決して多いとはいえませんが、理想と現実のギャップで苦しむ若き農業改革者を淡々と、しかし熱演しています。
「その愛」ではほとんど出番がなかった賢治の弟・清六もこちらの方では割と出番が多く、原田龍二がダンディに演じています。ただ、母親役の星由里子などはいささか影が薄かったですね。
賢治を慕って羅須地人会へ押しかけ女房的にやってくるモーレツな女性・高瀬露を斉藤由貴が演じていますが、出番は短いながら彼女の演技がなかなか面白いです。
こんな女性が来たら、たしかに嫌だよなあw

ただ、トシ役の水野真紀はちょっといけません。いえ、美人だとは思いますし、ふっくらした横顔が健康的だと思うのですが、この健康的というあたりが問題なんです。トシは賢治以上に病気ばかりしていた人なので、もっとはかなげな趣きのある、スマートな人を選ぶべきだったでしょう。臨終のシーンの時、あのふっくらした顔で「あめゆじとてちてけんじゃ」と言われてもあまり感動できないw 
トシの配役は「その愛」の酒井美紀の方が合っていたと思います。
ああそうそう、こちらのトシはちゃんと「永訣の朝」「無声慟哭」のセリフを言います。

宮沢賢治を扱ったドラマ仕立ての映像は中々貴重であまり数は見ませんが、そうした希少な作品群の中にあってこの映画は、いささかの違和感は覚えるものの、いいものの部類に入るような気がします。
映画としての出来は「傑作」とはいえないでしょうが、そこそこおもしろい、安心して見られる「佳作」程度の出来にはなっていると思います。
賢治ファンの方は一度見ておいて損はないかと思われますので、ぜひご覧ください。


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