2015-02-03 22:49 | カテゴリ:本の紹介
先日ここで紹介した「アウトサイダー・プラモデル・アート アオシマ文化教材社の異常な想像力」をようやく読了。



独特のちっとも面白くないユーモアやおふざけ的著述がところどころに散見され、そういった部分がやや鼻につくものの、全体的にアオシマが世に送り出した「合体マシン」と言うプラモデルについてよくまとめられ、また著者たちの思い入れも充分に伝わってくる良書と思う。
写真や図版、関係者のインタビューなども多数収録されており、巻末に記載されている開発担当者堀井・青嶋両氏のインタビュー記事は特に興味深い。
この中で当時のアオシマ文化教材社の模型作りのコンセプトが
「幼い子どもたちのようなプラモデルに興味を持ち始めた頃の入門者向けにプラモデルを作る」
「子どもたちに夢を与える」
という部分に集約されており、主な購買者層である子供の想像力を刺激し、なおかつ低価格で購入できるプラモデルをつくろうという一点が、合体マシンの誕生に繋がっているという辺りを知ることができた。
個人的に、生首戦車や腕の生えた飛行機などのメチャクチャといえる奇想天外なデザインワークから
「センスねえなあ、ッもしかしたら適当に作ってるんじゃねえか?」
などとガキの頃は思っていたものだが、その一方でなにやら心惹かれるものを感じてもいた。
だからこそアトランジャーとかそういうアオシマ系のメカニックが未だに好きなんだろうと思うのだが(アトランジャーとレッドホークヤマトのデザインはいまだに素晴らしいものだと信じて疑わない)、いずれにしろそういう子供心に訴えかけるだけのパワーをアオシマの合体マシンは持っていた。
それがどこから来ていたのかをインタビュー内容を読んでなんとなくわかったような気がして、少し感激だった。

昔はそういう子供目線のスタンスのもとで動いてきたアオシマが、同じく巻末掲載の現役アオシマ役員のインタビューの中で語られているように、現在では普通の企業と同じで
「まずは企業の利益ありき。売れないものはなるべく造らない」
というテーゼのもとに模型作りをするようになっているらしいのは、ファンとしていささか残念な気もする。
とはいえ、時々絶対に売れそうもない変わったもの(例えば合体すると日本アルプスになる山の模型など)を売り出す辺りは合体マシンからの伝統なのかとも思えて微笑ましい部分もあるにはあるのだが…。
また、著者の合体マシンへの愛着と深い思い入れが汲み取れる「合体シリーズ興亡史」という考察論文もなかなか読み応えがあり、往年のアオシマプラモデルを知る者にとっては感涙必至の内容となっているほか、食品会社のカバヤが発売した「ビッグワンガム」やライバル模型会社であるバンダイ(言わずと知れたガンプラの会社)の当時の開発者のインタビューを交えて書かれているなど、感情論だけにとどまっていないあたりにも好感が持てたし、当時続々と建築され始めていたスーパーマーケットとアオシマプラモの関連性を読み解く部分などは目からうろこの衝撃を感じた。

この本を読み、またアオシマの合体マシンのプラモデルを作ってみたくなってしまった。
子供の時はアトランジャーを作ったけれども、タイガーシャークやレッドホークなんかは作れなかったので、今作れるならそれらを作ってみたい気がしますなぁ。

ただ残念なことに、合体マシン関連のプラモデルの金型はすでに処分済みで、復刻などはできない状況にあるようだ。
新作を造らないのか?というインタビュアーの質問にも、現役役員氏は
「売れるんだったらやってみるのも面白いかも…」
と含みを持たせつつも、一方では
「マーケットがないので、たぶん無理ですね」
とニベもない。
どうやらアオシマの合体マシンは一世を風靡しつつも時代の荒波にもまれ消えていった、日本模型史の徒花となる運命にあるようだ。
それがとても残念でならない。

僕は精巧無比でかっこいい今のガンプラなどのクールさにも大いに惹かれるが、やはり自分であれこれいじって分解してまた組み立てての、いかにも玩具的な遊び方ができる合体マシンにも大きな魅力を感じてしまう。
合体マシンみたいなチープでどこか郷愁を誘われるような面白いプラモデルが売れる、売れないは別にして(企業としてはそう言っていられないというのも十分わかるのだけれども…)、少しくらいあってもいいように思うのは、やはり僕が歳をとっているからなのでしょうかねぇ。

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