2015-07-28 23:30 | カテゴリ:歴史
さきほどご紹介した「迷走大将上杉謙信」に関するお話です。
まあ個人の妄想じみた話なので、軽く聞き流していただけたらと思います。

上杉謙信をめぐる俗説の一つに「上杉謙信女性説」というものがあります。
読んで字のごとく、謙信は(一説によれば於虎<おとら>という名の)女性だったんじゃないかという大胆な説なんですが、この本を読んだあと、僕は結構信憑性があるんじゃないかと思ってしまいました。
まあ、とはいえ、素人考えですがね(^^;)。

謙信の行動は、男性としたら先にも書いた通り躁鬱症だとか、統合神経失調症だとか精神病の一種みたいに診断されますけれども、謙信を男性から女性に置き換えた場合、病気というよりもっと自然で、ただのヒステリー的な感情の爆発に見えるんですw

女性が戦国大名になれるのかという意見もあるかと思いますが、史実を見ても、江戸時代に入って女性は家を継げないとか、家の中にいるものだとか言われるようになって、また何かといじめられるようになりますが(薩摩とか本当に酷い)、意外なことに戦国時代までは、武士の家は女性も継ぐことができたのです。
戦国時代だけでも、今川義元の母親・寿桂尼とか、井伊直政の義母・井伊直虎、九州の立花誾千代、少し時代が下がりますが遠野南部氏の南部寧々など、女性であっても家を相続したとか、惣領を務めたという人物は大勢います。
鎌倉時代には、北条家が御家人の女性に宛てた所領安堵状まで残っています。
そう考えると、謙信が長尾家(元々は上杉家ではなく長尾家の生まれです)を惣領として継承してもあまり不自然ではない。

夢想するに、彼女はもともと惣領の生まれじゃないですから(惣領の兄がいた)、最初は女性として生活していたが、あまりにも男性的な女豪傑だったので周囲の者が驚き、軟弱な性格の兄を排して謙信を新しい親分にしたら越後のためになるんじゃねえかと相談してクーデターを起こし、当主に据えた…と考えれば、それほど違和感はない気がします。
これには越後名産の青苧を京都に輸出する商人たちの後押しがあったのかもしれません。
国内が安定すれば商業も発展しますからね。
ただし史実としては、後に彼らは謙信に泣かされる羽目になりますが、その手のひら返しも、なんか女性の意地悪さとかずるさというか、そういう部分の発露と取ることもできます。

また、謙信の厳しかったり優しかったり、臆病だったり大胆だったりする二面的な性格も、生理が来るとイライラするとか、もとから気の強いヒステリー気質だったとかと考えれば納得いきますし、やたらと権威にこだわったり、刀剣収集などの偏執ぶりも女性の「ブランド好き嗜好」とすれば頷けます。
うーん、でもそう考えてみると、女性としての上杉謙信はかなり扱いづらくて嫌な性格ですねえ。
これでブスだったりしたら目も当てられんぞw

…まあ、そんなこと言ったところで結局はこじつけ、所詮異説・俗説にすぎないのですが、そのように考えたら色々と妄想が広がって、創作的にも刺激があって面白いじゃありませんか。



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