2015-08-11 17:53 | カテゴリ:怪奇
さてこの話も3回めになり、皆さんもいいかげんに
「フカシこくのもいいかげんにしろやこのタコ」
などと感じられているであろう。
しかし夏の夜は長いのだ。
この話もまだまだ続くのでそこはご勘弁いただきたい。
つまりわたしはその当時、それだけの心霊体験をしていたのである。
今から思えば呆れるほかないが、体験したのは事実だ。
事実などといったところで、どうせ嘘だろうと一笑に付される方も多かろうが、そういう方が信じようと信じまいと、わたしがこの目で見て聞いて感じたのだから、わたしにとってそれは紛れも無い事実なのである。
今では同じ盛岡市でもまったく違う場所に住んでいるため、その家とはすでに縁が切れて久しいが、当時を振り返れば何だか少し懐かしいような気もしないでもない。
なお書き忘れていたが、その家は人手に渡り、今でも購入された方が住んでおられると思われるので、差し障りがあるといけないから、詳しい場所は記さない。
その点はご了承願いたい。

さて話を進めよう。
もともとおれには霊魂を見る能力は、ゼロではないが、それほどなかったように思う。
しかし、その家に越してきてから異常なほどに体験するようになった。
よく心霊体験は、テレビやラジオのチャンネルを合わせるのと同じで、霊魂と波長が合った時に起こるものだと言われるが、もしかするとそれだったのかもしれない。
おそらくあの家にいる霊魂とおれの波長がバッチリ合ってしまったがゆえにやたらと見えるようになったのだろう。
不思議なことに、今ではほとんど、霊魂など見えなくなった。
それも、「霊魂チャンネル説」(何だそりゃ)を裏付けているように思える。

それとその頃、おれは心霊現象の前触れを感じ取ることができた。
ここに霊魂がいて、これから何かが起こるというのがわかったのだ。
そういう時には、左の腕だけに鳥肌が立ち、しかもぶるぶる震えてくる。
その反応が起きると、必ず怪奇現象が起こるのだった。
それを何度も繰り返すうちに、ああここにはいるな、と分かるようになった。
今の携帯電話に入る緊急地震速報みたいな感じで利用できたのだ。
尤もこの能力、家の外ではそれほど働かないので、てんで役には立たなかった。
例外として、岩手町の某滝とか、花巻市の某神社でこの現象がおき、その後やはり霊魂を見たから、働く場所では働くらしい。
この能力?も、今はそれほど起きることもない。
やはり、おれと波長の合う霊魂が周りにいないためだろう。
見なくて(あるいは聞かずに)済むというのはありがたいことだ。
霊魂なんて見えてもあまりいい気分じゃないからな。

今日はお盆の支度とかを早朝からやったりして少し疲れたせいか(ここまで居眠りしつつ書きましたw)、集中力が続きません。
手短に終わります(^^;)。
続きはまた次回。

(つづく)
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